主のゆるされた、初体験!

みなさん、こんにちわ。ハンナです。

<< 家庭礼拝の中で>>
2005年4月4日の午後6時半ごろから、<<佐伯伝道師の実家>>で家庭礼拝が導かれました。
この日は、<<おばあちゃん>>だけでなく、<<お母さん>>も<<従弟の良太君>>(高1)もいました。
賛美がささげられている時、お母さんの親友の方が来られました。
その方は、他宗教に熱心な方だそうです。
すぐ、帰られるかと思いましたが、「どうぞ。」とお誘いすると、入って来られました。いつもは、佐伯伝道師が「今まで家に帰って来た時にKさんは、来たことがない!何年ぶりかだった。」と、主の導きに驚いておられました。
お母さんも、「今日は、来ない!と言ったのに。」と言われていました。
その方は、メッセージも聞かれましたが、「7時になったので、帰ります。」と言って帰っていかれました。
メッセージは、ヨハネ6章1~13節の「5千人の給食の奇跡」から「感謝と賛美の祝福」が語られました。
礼拝が終わって、<<おばあちゃん>>の<<緑内障>>の癒しの祈りが導かれました。
<< おばあちゃん>>の目は、ほとんど、見えなくなって、進行を止めるための手術をするする事が決まっていました。そのため、前回の家庭礼拝のと き、いやしの祈りが導かれ、少し見えるようになられました。そのためお医者さんは、「手術をしないで様子を見ましょう。」と言われました。今回の家庭礼拝 のとき、緑内障が完全に癒されるように祈りが導かれました。すると、以前は、顔色も悪く無表情でしたが、顔色も良くなられ、1.5mぐらい離れて座ってい る私と目があった時、私がニコッと笑顔を向けるとおばあちゃんもニコッと笑顔を返してこられるようになりました。主に、感謝します。

<<初めての体験>>
終わって外に出て、車を止めている所に行くと、赤いランプがチラチラしていました。
佐伯伝道師が、「あっ!パトカー、警察!!」と走っていきました。
私達も、その後に続いて走りました。
通報されたのです。
田舎の道で、他の車がすれ違う事が出来るのに。
そばには、町内の方と共に警察の方が4名来られていました。
町内の方は、「あら~っ!真由ちゃんやったと!わぁ~かわいそうに!この人達は、駐禁貼るつもりはなかったとよ。何回もおらんだのに(叫んだ)、わしも一軒、一軒きいてまわったっちゃ、まさか、ばあちゃんとこだとは思わんかった。」と、言われました。
でも、叫んだら聞こえない距離ではなく、夜で静かなときだからなおさら、聞こえるはずなのに、一度も聞こえませんでした。
牧師は、不法駐車して迷惑をかけた事を謝りました。そして、このことも感謝しました。
しかし、すでに牧師の車に駐禁のステッカーが、取り付けられていました。
佐伯伝道師の車には、まだ駐禁のステッカーは取り付けられていませんでした。私達は、ショックでただぼーぜんとしていました。
私達は、「このことを感謝します!」と小さな声でいいました。
警察の方は、「レッカー移動をしようと思っていました。派出所まで来ていただけますか?」と言われました。
牧師(イスラエル牧師)は「はい。派出所はどこですか?」と聞きました。
「パトカーで先導しますから後について来て下さい。」と言われました。
佐伯伝道師はショックが大きく黙っていました。
今までは、こんなことは一度もなかったからです!!
<< 恵(めぐみ)ちゃん>>(2歳)だけが、「おじちゃん、なにちてんの?」とむじゃきに話してきました。
それぞれ、車に乗り込んで、パトカーの後に続きました。
私は、「神さま、この事も感謝します。この事も益になるから感謝します。この事が、ゆるされた背景に素晴らしい御計画があらわれることを感謝します。」と 言いながら「神さまに従って、時間をかけて来て家庭礼拝をしたのに!どうして!!」と涙が出そうになりました。
それと共に、【罰金!いくらだろう?】と心配になりました。
と言うのは、私達は経済の訓練中だから、ほとんどお金がなかったのです。
派出所に着き、中に入る前に佐伯伝道師と共に感謝の祈りをしました。
中に入ると、もう一人警察官の方がおられました。書類を書くため、電話番号を聞かれ職業を聞かれたとき、牧師は名刺を出し「牧師です。」と答えました。教 会の名前の時、「北九州教会でいいですか?」とか言いながら書かれました。牧師は、「いいえ。北九州生ける神の教会です!」と答えたので、その方は、消し て書き直されました。イスラエル牧師は、この事を感謝し、この警察の方が祝福されると共に、この町内の人々が祝福されるように、祈っていたそうです。
いろいろ、説明され罰金は一万五千円で、○○日までに郵便局から振り込んで下さい。それが出来ない時は、○○日に○○警察まで出頭してください。」と言わ れました。私は、それを聞きながら、【もし払えなくて、何日か留置場に入らなければいけなくなったら、どうしよう!!!】と思うと、心臓が爆発しそうでし た。「お世話をおかけしました。」と言って派出所を出る時には、よろけそうになりました。
なにもかにも初めての体験でした。
帰りの車の中で、「後いくら、お金あるの?」と牧師に聞きました。
「罰金を払うと千五百円しかない!」と牧師は答えました。
二人で感謝しながら、深いため息が出ました。
【佐伯伝道師も私達に、お金がない事を知っているので、さぞかし心を痛めているだろうな】と思い、この事が感謝できるように祈りました。
「この罰金を払うお金を私達にも、佐伯家にも与えてください。」と祈りました。

<<すべてを感謝し、礼拝をささげる>>
家に帰ってすぐ、牧師が「礼拝しよう!感謝しよう!」と言いました。
牧師は賛美を始めましたが、私は涙がボロボロ出て来て賛美が出来ませんでした。でも、「この事を感謝します。後千五百円しかないことを感謝します。
この事も神さまが益として下さる事を感謝します。」と泣きながら、感謝しました。翌日、罰金を払うための指定献金が与えられ、びっくりしました。
牧師は、郵便局に行き振り込む時、「いい物をもらいましたね。」と言われ、家庭礼拝がすばらしかったことを証しすることが出来ました。
この日の火曜礼拝で、佐伯伝道師が証しされました。
「この突然の駐禁の罰金が、ゆるされた事を通して今まであった経済の恐れから、開放されました。感謝します。」と。
すべては、益になりました、
この事に関わった方々が、やがて救われて来られるんだと思うと感謝が溢れました。主を賛美します!


「真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、
ほかの囚人たちも聞き入っていた。 ところが突然、大地震が起こって、
獄舎の土台が揺れ動き、たちまちとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまった。」
(使徒16章25~26節)

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、
神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」
(ローマ8章28節))

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