「神のストーリー」(No.211)

「最高の車が与えられ喜ぶ。:イスラエル岡田」

<最高の車が与えられました。!!!>

私は、イスラエル岡田と言います。
北九州に住んでいます。
恵みによって、教会の牧師として、立てられています。

約、2年半まえに「新しい最高の車が与えられた」時の話しを、させていただきます。

今まで乗っていた車は、カローラ―の新車で、17年間乗っていました。
走行距離は、何と35万kmでした。
ある方は、「カローラ―のお店に、表彰してもらったらいいですよ。」と言われました。
それほど、良く乗りました。
この車は、教会の礼拝やコンサート、そして警備のアルバイトで大活躍してくれました。
思い出深い車です。
祈りの中で、神さまはこの車を守り、祝福して下さいました。
車検も、毎回受ける事が出来ました。
そして、毎回の修理費用も与えられました。
ところが、この最近、エアバックが故障し、クラクションが鳴らなくなり、エンジンオイルも漏れるようになりました。エアコンは1年以上が効かなくなり、修理不能でした。電気系統にも、異常出ました。
限界に来ていました。
車検が10月の末日で、どうしょうもなくなり、この事を徹底して、感謝し、次の車が最高の車が、速やかに与えられるように、真剣にお祈りしました。
カローラ―の中古店に行って、御心の車はないか、捜していました。
すると、10月に入って、フロントガラスに亀裂が40cmぐらい入り、ガムテープを貼りました。しかし、走る度に、亀裂が大きくなっていました。高速は走れません。
どうしようもなくなりました。
この事も徹底して感謝し、中古店に行くと、営業の方が、最高の車を紹介して下さいました。
それは、カローラ―のアクシオで、性能が最高のクラスの物でした。
走行距離が4万8000kmのでした。
前に使われた方が、丁寧に乗っておられ、新車のようでした。

教会の方は、「イスラエル牧師、相当嬉しいでしょう。」と言われました。
神さまは、全てを知っておられ、最高の車を与えて下さいました。
警備員の方で、車で一緒に移動した方が、「岡田さん、クーラーが効くのは、いいですね。」と言われました。
この方は、真夏に、エアコンの効かない激しい暑さの中で、大変な思いをされていました。
申し訳なく思っていました。
また、九州牧師会&長崎カリスマ聖会に出席するために、一般道で7時間くらいかけて移動していました。妻が、エアコンが故障のため、「顔にあせもが出来たのは、初めて!」と言っていました。
新しい車は、オール・オートマチックの車で、最高の車です。
ある方が、以前車購入のためにと一部捧げて下さっていました。
そして、祈り続ける中で、特別な収入が入り、購入するための費用が満たされました。
素晴らしい最高の車を与えて下さった神さまに、心から感謝致します。

「求めなさい。そうすれば与えられます。」(マタイ7章7節)
「すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられる事です。」(Ⅰテサロニケ5章18節)
「神を愛する人々、すなわち、神の計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」(ローマ8章28節)

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神のストーリー(No.210)

 


「一年の感謝礼拝の皿倉山にて」

<激しいのたうち回るほどの痛みからの解放>
感謝します。
天の喜びの器ハンナです。

【初めは、胃の痛みから】
私が、時々来る、激しいのたうち回るほどの、痛みから解放された事をお証しいたします。
初めは、胃の痛みから始まりました。そして、右の胸の下から背中に回ると、激しい痛みがしばらく続いていました。
最初の頃は、祈ってもらっていると、すっーと、楽になっていました。
それが段々と、痛んでいる時間が長くなっていき、痛み止めを飲むようになりました。
痛み止めの量も、段々増えていきました。
それでも、牧師である主人にいやしのお祈りを何度も何度もしてもらいました。
痛み止めも飲み、時間はかかっても、痛みはなくなり、あの痛みは何だったのかというくらい、信じられないくらい、痛みはなくなりました。
【痛みがなくならなかった】
ところが、どんなに祈ってもらっても、痛み止めを飲んでも、全く、痛みがなくなるどころか、激しい痛みのため横になって寝ることすら出来なくなりました。
いつもは、主人がいる時は、いつも、救急車を呼ぼうと言うのですが、経済の事があり、また、私自身、子供のころから体が弱くて病院漬けだったので、大の病院がにがてで、注射がにがてで、行きたくない所でした。
それに、救急車をお願いするのは恥ずかしいと思っていましたから、「いらない、大丈夫、すぐ良くなるから。」と言っていました。
それに、霊的な攻撃だと思い込んでいたので、祈ってもらったら、治るから。と言っていました。
しかし、この時は、いくら祈ってもらっても、痛み止めを飲んでも、痛みは治りませんでした。
それどころか、嘔吐してしまいました。
【苦手な病院へ】
主人が、「病院行かないと、だめだ!」と車で連れて行かれました。
行っている途中も、激しい吐き気に車を止めてもらい、草むらに走りこむと、噴水のように何度も嘔吐しました。
その時には、血圧が208ありました。後で、主治医の先生が、「嘔吐すると、血圧が高くなるよ。」と言われました。

【緊急入院】
そのまま、帰らせて頂けなく、入院することになりました。
生まれて初めての入院でした。
痛みが治まったら、すぐ、帰れると思っていたので、ビックリしショック!でした。
入院している間中、血圧が高いと言われて、お薬が出ていました。入院するまでは、血圧は普通でした。検査の結果、胆石だと分かりました。3cmくらいと1cmくらいの大きな石と小さな石が沢山ありました。
体質的に、石が出来やすい体質だそうです。
【手術しなければいけません!】
お医者さんから、「手術したほうがいいですよ。ではなくて、しなければいけません。」と言われました。
手術しなくていいようにと祈っていたのですが、このことも感謝しました。
あれほど、病院が大の苦手で、病院に行くと思っただけでも、心臓が飛び出そうなくらいドキドキして怖かったのに、主の十字架クリスチャンセンターの群れの教会の多くの方々の執り成しのお祈りによって、手術も入院生活も、信じられないくらい、平安でした。
この手術の時、主人もこの事を、感謝し喜んで、祈り続けてくれていたそうです。
そして、その事が最善で、もう、あの、のたうち回る痛みから完全解放されました。
今は、とても、ハッピーです。
神様に、心から感謝いたします。

「北九州空港のコンサート:聖所から流れる命の水」

「教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。」(エペソ1章23節)
「すべてのことについて、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられる事です。」(Ⅰテサロニケ5章18節)

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神のストーリー(No.209)

209

「聖所から流れる命の水」

«北九州空港のコンサート»

「九死に一生を得る」

感謝します。

天の喜びの器ハンナです。

「九死に一生を得た」証しをさせていたきます。

 

【手遅れになるところが】

私は、子供の頃から体が弱く、よく寝ていました。

小学校に上がる半年前くらいの時、母が父に、「みんなが色が白いとよく言われるけど、顔色が悪いから、ボーナスをもらったら病院に連れて行ってやって。」と言ったそうです。私の幼い頃は、家が貧しくて母は、私の体調が気になっていても、すぐには病院には連れて行ってやれないのを気にしていたようです。父に連れられて、病院に行き検査をしました。お医者さんは「もう少し遅かったら、手遅れになるところでしたよ。人の血の半分しかありません。」と言われたそうです。

 

【病院通いが】

それからは、幼稚園ではなく、病院通いが始まりました。

毎回、病院に行く度に、耳を少し切って血液検査をするのですが、病院に行くのが嫌でたまらなかったのを覚えています。

貧血症状は、お部屋がぐるぐる回って起きておれなくなり、お手洗いに行くのも大変でした。血が増えると鶏のレバーをよく食べらされました。まずくて吐き出すので、母の見張り付きでした。

だから、いまだに、病院もレバーも大のにがてです。

 

【弱さの中で】

学校の先生や近所の人に体が弱い子と言われ、就職先でも、体が弱い人と言われていました。何か行事があると、その後必ず、寝込んでいました。

行かない病院がないくらいで、まるで、病気の問屋のようでした。

就職先が、キリスト教系の養護施設だったので、そこで、神さまに出会いました。主人の転勤を通して、主の十字架クリスチャンセンターの群れに導かれて、主人が献身して牧師になり、毎週礼拝に出ている中で、気づかされた事がありました。それは、あれだけひどい貧血も、一年に一度は必ず、扁桃腺になって1週間から

10日間くらい寝込んでいたのに、それがなくなっていました。

足が弱いので、よく捻挫をして腫れあがって整形外科にもよく行きましたが、それもなくなりました。

 

209-1

【薬がいらなくなる】

胃腸が弱く、常にお薬を持ち歩いていました。時々、ひどい頭痛が起きていたので、痛み止めも、常に持ち歩いていました。

だから、私のバックには、沢山のお薬が入っていました。

それが、ほとんど、なくなったのです。教会にいるだけで、弱かった私の身体が強くされたのです。北九州に遣わされて、18年目に入りました。

が、その間、病院には、ほとんど行っていません。

 

「教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。」

 

いやして下さった神さまに、心から感謝いたします。

 

209-2

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