「神のストーリー」(No.200)
≪「イスラエル岡田牧師夫妻と、お母さん」の写真≫
「老化した皮膚がつるつるになったお母さんと」
衰弱した義母 つらい思い出からの解放
肌もすべすべ いやしを体験し、81歳の母は、ますます元気に
≪義母の体調が悪化≫
妻の母が体験した、いやしの証し(体験談)をさせていただきます。
妻の母は、81歳で、広島に住んでいます。
リュウマチの薬の影響と、一人暮らしで食欲も無くなり、身体が衰弱していき、危ない状況になりました。
そのため、私たちと一緒に暮らすために、私と妻とで、北九州から広島まで車で迎えに行きました。
≪食事もできない状態≫
北九州に来た時は、食事をほとんど受け付けない状態で、一日中寝ていました。
そのせいか、皮膚が老化し、まるでロウのように青白く、生気が全くありませんでした。
手の指先は両方とも、あかぎれのように深く切れて、爪も変形していました。
それだけではなく、足の裏も同じように深く切れていたので、靴が痛くて履けませんでした。
髪の毛も、恐ろしいほどバッサバッサ抜け、抜けた髪の毛が片手にいっぱいになりました。
しかも、声も全く出なくなっていて、ひそひそ声で話していました。
何もかにも、痛々しくて、私達は、胸が痛みました。
≪毎日の祈り≫
妻は、時々、お母さんの寝息を確認するぐらいでした。
そんな状況だったので、私たち夫婦は、お母さんはもう広島には帰れないのではないかと、心配しましたが、このことも、徹底して感謝し、お祈りしいました。
シャワーを浴びても、お手洗いに行っても、何かしたらすぐに、気分が悪くなり横になっていました。
そのたびに、私たち夫婦で、私がいない時は妻が、何度も何度もいやされるように祈りました。
そして、毎日毎日、「義母さんが、いやされ健康になり、食事を楽しく喜んで食べられるように」お祈りしていました。
教会でも多くの方々が、お母さんがいやされ、健康になるように、お祈りして下さっていました。
「つらい思いから解放されたお母さん」
≪表情の変化 食欲も≫
霊的な影響から解放された
お母さんは、起きている時には、過去のつらい思い出を、何度も何度も話していました。
日曜日の礼拝の時、神さまから、「母は、イエスさまでない他の霊的な影響を受けていること」を語られました。
そのため、帰ってから、霊的な影響が断ち切られるようにお祈りしました。
すると、母に変化がありました。
暗かった表情が明るくなり、食欲も少しずつ出てきて、「おいしいねぇ。」と笑顔で食事をするようになってきました。
それからというもの、時には夜遅くまで起きて、好きな手芸の本を見たり、信仰書を読んだり、日々に元気になって行きました。
また、広島に帰ったら、「教会のタペストリー」や「料理を作りたい」と言っているのです。
義母は、解放を受けたのです。
≪皮膚がつるつるに≫
それだけでは、ありませんでした。
お母さんの、足の裏の皮膚が激しく老化し、厚いゴムのようになり、しかもびりびりにひび割れていましたが、その皮膚が、少しずつ剥がれてきて、その後はきれいな皮膚になったと言い、足の裏を見せてくれました。
確かに、老いた皮膚がはがれて、しかも、幼子のようなきれいな肌になっていたのです。
足の裏だけでなく、体、全身が若返ってきています。肌もカラカラに乾いて地割れした田んぼのようだったのに、すべすべになってきています。
妻は、「私よりきれいになった」と言って、喜んでいます。
神さまがいやしてくださったのです。
≪すべてが益に≫
私たちは、経済の訓練の中にあり、なかなか、義母の所に行ってあげることができませんでした。
しかし、神さまに御心の時に行けるように、祈っていました。
義母の体調が悪くなるということが許されましたが、このことを通して、お母さんを北九州に連れて来て、一緒に生活することができるようになったのです。
このように導いてくださった主に、心からの感謝をおささげします。
食欲が戻ったお母さんは、元気に食事をとることができるようになり、 「今回の事で食事が大切だとよく分かった」と話していました。
私たちも、主の働きのための健康的な食事をすることを教えられ、多くの学びを受けました。
本当に、全てが益です。
≪元気になって広島に≫
北九州に来て約40日間、すっかり元気になったお母さんは、「早く広島に帰り、甥っ子を教会に連れて行きたい」と言いました。
私たち夫婦は、車で実家まで送って行きました。
「広島に着いたお母さん」
長い間、掃除が出来ていなかったので、夫婦で掃除をしているのを近所の方が見られて、義母は亡くなったので、他の方が住むための掃除をしていると思われたそうです。
その方は、北九州に来る前のお母さんの様子を知っておられて、元気になって帰って来るとは思っておられなかったようでした。
「お母さん、大きな声で、話して良かった。」とビックリしながら言われていました。
≪広島での生活≫
広島に帰った義母の所に、姪が共にすむようになり、姪のために、朝食と夕食をつくるようになりました。体が衰弱した時のお母さんには、考えられない事です。そして、教会のタペストリーと献金袋を作って、教会にお送りしたところ、牧師ご夫妻は、涙を流して感動されたそうです。そして、甥と電車に乗って、1時間以上かけて、広島教会の礼拝に行っています。「体調はどうですか。」と聞くと、「すこぶる快調」と言っていました。お母さんは、義妹の家族に連れられて、「バイキングに行って、お腹いっぱい食べて、2kg増えた。」と言って、喜んでいました。
主の祝福が溢れるばかりに、注がれていることを、心から主に感謝いたします。
「神を愛する人々、すなわち 、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益として くださることを、私たちは知っています。」(ローマ人への手紙8章28節)
「彼のうち傷によって、私たちは、いやされた。」(イザヤ53章5節)
(主の十字架クリスチャンセンター北九州生ける神の教会 イスラエル岡田)
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