「神のストーリー」(No.266)

「喜びに満たされる天の喜びの器ハンナさん」 ≪Gospel Liveの時:平尾台自然の郷」(2022.11.28)≫

お父さんを通して、神さまがなされた奇跡。!!!

2022.11.25

感謝します。

TLEA北九州生ける神の教会の天の喜びの器ハンナです。

「神のストーリー」を、読んで下さり、ありがとうございます。

今日は、「お父さんを通して、神さまがなされた奇跡」のお証をさせていただきます。

私の人生は、いつも恐れが共にありました。

幼い時から周りに人がいても、何か怖いものがいる様な気がして、常に回りを気にしていました。また、何か音がするとドキッとして夜も寝られなくなっていました。

夜中に、お手洗いに行く時も、怖くて家中の電気をつけてよく、叱られました。

橋を渡っている時も「今、この橋が落ちたらどうしよう!」と、誰も思いもしない事まで、常に何かの形で、恐れがつきまとっていました。

それは、大人になっても続いていました。

今思えば、異常だったと思います。

でも、神さまが、異常な恐れから解放して下さいました。

それは、父の召天がきっかけとなりました。

父は、2003年11月30日、入院先の病院で天に召されました。

79歳でした。

私の主人は、牧師です。

父は、主人をとても尊敬していました。

ですが、父の祖父がお坊さんだったので何度「お父さん、イエスさまを信じたら天国に行けますよ。イエスさまを信じませんか。」と言われても、「正好くん、それだけは、こらえてくれ。」と言い続けていました。

私達夫婦は、2002年7月の白馬キャンプに導かれ、祝福されました。

白馬キャンプで祝福されたイスラエル岡田牧師、天の喜びの器ハンナさん」 ≪2022年度白馬キャンプ:ホテルグリーンプラザ白馬(2022.7.22)≫

 

ここに神さまのご計画がありました。

行く前から、『白馬の帰りに実家に寄って、父に救いの招きをしなさい。これが最後のチャンスです。』と、神さまに語られていました。

私は、【父が受け入れなかったらどうしよう!それに最後のチャンスとは、どうして。】と思いましたが、必死で祈っていました。

7月30日、白馬キャンプの帰り、朝の4時に実家に着きました。

父も母も起きて待っていてくれました。

父が病んで弱々しくなっているのを見て、私は、とてもショックで一瞬、言葉が出ませんでした。

私が知る限りの父は、とても強く、弱さを見せた事はほとんどありませんでした。

体中に水ぶくれが出来て、それがつぶれて下着やシーツが血だらけになる状況でした。

母は薬を塗りながら、その痛々しさに思わず、「父ちゃん、痛かろう。」と何度も声をかけても父は、一度も痛いとは言わなかったそうです。

4回も入退院を繰り返していたのに母は、私達に心配をかけまいとして何も言わなかったのです。

神さまの導きですぐに、礼拝しました。

主人が、「お父さん、イエスさまを信じませんか。」と言うと父は、「どうしたらええんですかの。」と

聞きました。

 

「喜びに満たされるイスラエル岡田牧師、天の喜びの器ハンナさん」 ≪Gospel Liveの時:平尾台自然の郷」(2022.11.28)≫

「楽にしてていいですよ。私の後について同じように告白して下さい。」と言うと、うなずいて、イエスさまを信じる祈りをして、救われました。

私は、横で必死に祈っていました。

今までと違い、あまりに素直に受け入れの祈りをする父を、夢ではないかと思いました。

でも、現実でした。

神さまは、深い哀れみをもって、前もって語って下さり、私達に祈り備えさせて下さり、父の心も変えて下さっていました。

その後すぐ、再び父は入院し、2度と家に帰る事は出来ませんでした。

12月1日に前夜式、2日に召天式が行われました。

私達は、前夜式の日は「北九州生ける神の教会」で「カンボジア孤児院の報告会」の奉仕のため、間に合いませんでしたが、この事も徹底して感謝しました。

私は、少し前から聖書の「わたしのもとに来て、自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、そのうえ自分のいのちまでも憎まない者(神さまを第一にすること)は、わたしの弟子になることができません。自分の十字架を負ってわたしについてこない者は、わたしの弟子になることはできません。」(ルカ15章26~27節)のみことばが、頭の中で、ぐるぐると回って消えませんでした。

私は、献身した時に両親も家族も神さまにおささげしていました。

父の召天を聞き、前夜式の日に奉仕があり間に合わない事が分かった時、このみ言葉の意味がはっきりと分かりました。

『父とは、また、天国で会える!』という強い思いがありました。

共に、地上では2度と会うことが出来ない悲しみを超えた、言葉では言い表せない喜びが湧き上がって来ました。

奉仕を終えて実家に向かう途中、感謝をしながら夜空を見上げると、星が今まで見たことがないくらい明るく美しく輝いていました。

神さまが、前夜式を祝福して下さり、召天式も祝福して下さるんだわと思い、感謝で一杯でした。

後で、司式をして下さったU牧師ご夫妻から素晴らしい前夜式だったとお聞きしました。

本当に、神さまに心から感謝いたします。

救われて1年半、父は、この地上では、何も神さまの働きは出来ませんでした。

でも、最後に人口1万2千492人の小さな町で、歴史が始まって以来、キリスト教の葬儀の初穂の、一粒の麦として神さまは、用いて下さいました。

この葬儀が終わって何日かして、私の中にあった異常な恐れがなくなっているのに気がつきました。

 

「天の賛美隊・不思議」 ≪第111回Instagram Gospel Concert:日本、世界へ神の愛を(2022.11.13)≫

それどころか、「どんな事を言われても、福音を語りたい。沢山の方々に救われてほしい。」という強い内からの願いと祈りが湧き上がってきました。

神さまの御心の奉仕を、第一に行おうと心を定めた時、神さまは奉仕を全うさせて下さり、私の心を一新して下さいました。

そして、異常な恐れから完全に解放して下さいました。

 

神さまに、心から感謝いたします。

何よりも今遣わされているこの北九州の地が、愛すべき地となり、人々がいとしいと思えるようになりました。

神さまが、私達に、福音宣教の素晴しい召しを与えて下さったこと、心から感謝いたします。

神さまに、すべての栄光をお返しいたします。

「お父さんを通して、神さまがなされた奇跡」を、読んで下さり、ありがとうございました。

 

「聖所から流れる命の水」 ≪第111回Instagram Gospel Concert:日本、世界へ神の愛を(2022.11.13)≫

「すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」(Ⅰテサロニケ5章18節)

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」(ローマ8章28節)

「求めなさい。そうすれば与えられます。」(マタイ7章7節)

「神にとって不可能なことは一つもありません。」(ルカ1章37節)

「教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。」(エペソ1章23節)

 

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