主はエリヤと語られた
2004年7月4日、わたしたち家族は、牧師ご夫妻とともに「長崎カリスマ聖会」に行く恵みにあずかりました。
「特別賛美」、そして、賛美のあと、講師の方の「メッセージ」が始まりました。そして、その「メッセージ」に驚かされました。なんと(Ⅰ)列王記17章1 節~16節だったのです。このみことばは、神さまから「クリスチャンネームを“エリヤ”としなさい。」と語られたところなのです。名前の原点のところから の、メッセージは感動の連続でした。
「エリヤ」は、「預言者」として神さまに呼び出され、ケリテ川のそばに行って、住むように言われました。そして、「エリヤ」は、自分の人生を神さまにゆだ ね、神さまに従って川に行きました。彼は、ケリテ川の水を飲み、カラスが運んでくるパンと肉を食べました。神さまは、語られたとおり、カラスをとおして 「エリヤ」を養われました。「エリヤ」が、神さまのことばを信じ、従い、示された所に行ったとき、神さまによって養われたのです。神さまの言われたとおり にする時、不思議な神さまの御手を、体験することを教えられました。
次に、「エリヤ」はツァレファテのやもめの所に行くように言われたのですが、彼は従ったのです。このやもめには子どもがいて、最後の粉と油でパンをつくり それを食べてあとは餓えて死ぬような状態でした。神さまは「エリヤ」を通して、このやもめに、「そのパンをささげる事によって、餓えないですむ。」と語ら れました。そして、やもめがそのとおりにした時、何年もの間、彼らはパンに困ることは無かったのです。このやもめは、自分の最後のパンを神さまにささげま した。このパンは、やもめにとっていのちのようなものでした。彼女は、いのちのように大切なパンを、神さまにささげたのです。
わたしも、このやもめのように、わたしの一番大切なものを、神さまにささげる祈りをする必要を感じました。以前にも何度かささげたことはありますが、今 回、改めて神さまに真の献身をしたいと思いました。いのちより大切なものはありません。私は、神さまにいのちをささげ、人生をささげ、人生をゆだねて、行 きたいと思います。
この後、エリヤは、神さまの器として用いられました。神さまは「エリヤ」のように、従う器を通して働かれることを学びました。ツァレファテのやもめのように、ささげる人を通して、奇跡を起こされる神さまであることを教えられました。
さらに主に従っていきたいと思います。すべての栄光が主にありますように。アーメン
「エリヤを通して言われた主のことばのとおり、かめの粉は尽きず、つぼの油はなくならなかった。」
(Ⅰ列王記17章16節)
Both comments and pings are currently closed.
