主の十字架クリスチャンセンター東京アンテオケ教会

The Lord's Cross Christian Center Tokyo Antioch Church

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悩みの日の祈り

いじめでお悩みの方

——ある日突然、娘が学校でいじめられていることを知りました。私も娘もただ主に祈ることしかできませんでしたが、主は不思議な解決の道をそなえてくださいました。
娘は中学校に入学し、新しいお友達に出会うことを楽しみに学校に行っていました。
ある日、近所の人から、「お嬢さん、最近なんだか元気がないみたいね」と言われて、明るくて元気だった娘の様子がおかしいことに気がつきました。
その頃、私が主人を理解することができなくて、私たち夫婦には言い争いが絶えませんでした。主人との関係がうまくいかないので、子供のことも怒ってばかりいました。娘が元気がないのは、私がイライラして、主人のことや子供のことを怒ってばかりいるからだと思っていました。
そんなときに、娘のブラウスを洗濯しようとしたら、ポケットの中から手紙が出てきました。手紙には、学校に行くよりも、家で勉強したいというようなことが書いてありました。私は、娘が学校に行くよりも家にいたいと思っていることを初めて知り、びっくりしました。
娘は私が手紙を見たことを知り、怒りました。私は、娘に黙って手紙を見たことを謝りました。そして、友達のことを話してほしいと言いましたが、友達のことは言いたくないようでした。
私はどうしたらよいのかわからなくなり、神さまに祈り、もう一度娘と話をし、いろいろなことを聞いてみました。すると娘は、心を開いて話をしてくれました。
ある日突然、理由もわからないのに、友達から無視されるようになり、そのことによって、部活の同級生全員とクラスの人からも無視されていることがわかったのです。
友達から無視されて、娘がとてもさみしく、つらい中にいることがよくわかりました。私は、子供を怒ってばかりいて、母親としてよく話を聞いてあげることがなかったので、申しわけなく思い、とても心が痛みました。
娘は、朝食を食べずに、神さまに、長い時間お祈りをしてから学校に行きました。
何日も祈り続けましたが、状況は変わりませんでした。娘が主に祈っている姿を見て、私も主に祈りました。私がいまできることを教えてくださいと、涙を流し祈り続けました。
そうしたら、いままで気がつかなかったことを知ることができました。そして、娘に話をしました。「お父さんとお母さんはあなたを命がけで守るからね」と本当の気持ちを伝えました。それから娘は少しずつ元気になってきました。
そして神さまは、不思議なことをなしてくださいました。
娘は、どんなことがあっても部活は休まずに行くようにしていました。そんな娘の姿を見て、先輩が「Kさんはえらいよ」と励まし、「私たちはKさんの味方だからね」と言い、それから、部員の前で、「いつまでもけんかをしている人は、やめてもらいます」と言ってくれたそうです。先輩の一言で、部活の友人たちはお互いに悪かったところを謝り、仲直りすることができました。その日は、娘が笑顔で帰ってきて、うれしそうに話をしていました。私もうれしくて主に感謝しました。
そのことがあってから、娘は、どんなことでも神さまにお祈りをしています。いまでも朝は朝食よりも祈りを第一としています。祈っているときは部屋に入れてもらえませんが、祈り終わって部屋から出てくるときには、笑顔で、とても平安な顔をしています。
娘に教えられることがあります。この前も、「お母さん、人に悩みを話す前に、まず神さまにお祈りしてから話をするといいんだよ。人間が手で造った神さまでなく、神さまは生きておられるんだよ」と話をしてくれました。
娘は祈りが聞かれた体験を通して、神さまはいまも生きておられることを信じています。
そして、いまでは、無視したお友達とは、親友となり、楽しく過ごさせていただき、学校も楽しく行っています。本当に主に感謝しています。
娘のことを通して、私たち夫婦も、神さまに祈ることがどんなにすばらしいことなのか、この目で見させていただきました。
「あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます」(Iコリント10章13節)
この御言葉は真実であることを体験させていただきました。
家族一人ひとりが神さまとの祈りの時間を第一に持つことができるようになりました。そのことによって、家族で楽しく会話をしたり、何でも話し合えるように変えられています。
神さまがすべてのことを益として変えてくださることを、感謝しています。私は、娘のことを毎日主に祈り続けています。
(K)
(月刊「雲の間にある虹」1997年1月号(発行:雲の間にある虹出版)より転載)

「困難は祝福の前ぶれ」〜御言葉の告白を通して病がいやされ、面接で落ちることがほとんど無くなった〜

仕事がないことでお悩みの方

私は、中学卒業後、社会に出ました。
自分が軟弱であることは、ある程度自覚していましたが、思った以上に社会へ出て働くことは大変だと思わされました。アルバイトを数ヶ月単位で変え、嫌なことから逃げ回っていました。
あまり成長せぬまま10年位経った頃、仕事が決まらず、とても追い詰められた厳しい状況におかれました。私の心の弱さは、誰にも理解されず、ダメ人間というふうにしか家族にも思われていませんでした。うちの家庭は、ちょっと変わっていて、働かざるもの食うべからずという空気があり、貯金を切り崩して食べていました。しかし、すぐに無くなってしまい、限界が見えていました。
働かないことを家族からも責められ、私が何を言っても聞いてもらえません。そんな時、みことばが支えでした。
「空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。
だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」
マタイ 6:26.27.33
毎日、このみことばを告白していました。しかし、忍耐がゆるされ、さらに、主を求め、何時間も泣き叫びました。
主は、また語って下さいました。
「神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。」  詩篇  51:17
その次の日です。以前、短期のアルバイトで働いた食品工場から電話があり、「今度短期の仕事があるんですが、来てもらえませんか?」という話でした。もちろん、喜んで受けました。
主をほめたたえます。
そして、その職場で思わぬ恵みに預かりました。それは不思議な出来事だったのですが、職場の人を通して、主が私に触れてくださり、霊的、精神的解放を受けたのです。
長年のうつっぽさと、便秘が癒やされ、気分も明るくなったのです。それは、一時的なものではなく、この時から、ずっとです。
その後は、アルバイトの面接で落とされることはほとんどなく、仕事は守られるようになりました。
主が特別なみわざを成されようとする前には、困難がゆるされるということを、何度か経験しています。困難は祝福の前ぶれであると学んでいます。主は真実な方、聖書のみことばを通して励ましてくださり、みことばは、その通りに成ることを教えてくださいました。すべてを益にしてくださいます。
ハレルヤ!
函館教会    斎藤輝き

180度変えられた夫―喧嘩するはずが救われて

夫婦関係にお悩みの方

180度変えられた夫―喧嘩するはずが救われて
森 敬子

がんこで気難しい夫

私たちが結婚したのは、1985年ですが、夫はとても気が短く、短気な性格でした。自分の思うように事が進まないとすぐに怒り出す、それも誰でもかまわず、かみつくのです。長男が生まれて、まだ間もない頃、勤め先の上司と喧嘩(けんか)して会社を辞めてくるという状態でした。それからも、新しく勤めた会社で、自分の思うようにいかないと上司と喧嘩して何度も職場を転々とするという状態が続きました。

救い

次男が生まれて半年頃、私の親友が近くに住んでいたこともあって、毎日のように遊びに来ていましたが、そのうち、その親友が神さまの話しをするようになりました。
その親友とは小学校からずっと一緒で、バレーボールも一緒にやっていましたので、良く知っていましたが、急にイエスさまのことを語り出したのでびっくりしました。なぜなら、私たちは高校の時、仏教高校に行っていたからでした。
彼女の口から「イエス・キリストは私たちの罪の身代わりとなって十字架にかけられ、死なれ、三日目によみがえられた」と言われてもピンときませんでした。しかし、毎日のように喜んで私たち夫婦にイエスさまのことを伝えに来ました。喜んで変わって行く彼女を見て、何かあると思いました。
しかし、主人は頭ごなしに、彼女に向かって「この宗教ボケ!! もう二度と家に来るな!!」と怒鳴りました。 それでも彼女は、主人の言葉にめげることなく、毎日のようにイエスさまのことを伝えに来ました。
私は、イエスさまを信じたいという気持ちはありましたが、主人に内緒で信仰を持つことは出来ませんでした。
それで、友人と一緒に、1回でいいから牧師さんと会って欲しいとお願いしました。主人は思ったよりすぐにそのことを受け入れてくれました。実は、主人はこの時とばかり、牧師に会ってコテンパンにやっつけてやろうと思っていたのです。
1989年1月に、牧師さんが長崎から熊本へ来られるというので、夕方6時に主人と待ち合わせをして一緒に行く予定でしたが、なかなか自宅に帰って来ません。9時ごろ、私たちがしびれを切らして先に行っているだろうと思って帰って来ました。パチンコに行って時間をつぶしていたようですが、私たちが待っていたので、一緒に行くことになりました。
案の定、牧師に会うなり、開口一番「神がいるならここに見せてみろ」から始まりました。しかし、話していくうちに、喧嘩腰(けんかごし)だった主人の態度に変化が起こり、気づくと自分のつらかった時の話などを初めて会った牧師さんに打ちあけ、最後には泣きながら罪を悔い改め、私たちは一緒に信仰告白をして救われました。

教会生活のスタート

それからは、一緒に救われたということもあって、集会や教会に、私と2人の子どもたちは1度も休むことなく通い続けました。しかし、主人は……?と言えば、私と2人の子どもが行っているのでしょうがなく迎えに行かなければならないという理由から、礼拝の終わる5分位前に入ってきて、1番すみの所に座るという状態でした。なので、教会出席率は良く、休むことはありませんでした。
ある時の聖会で、夫婦で祈ってもらった時、預言で「あなたがたの5年後を見ておきなさい」と語られました。まだまだ、救われはしたものの、教会にしっかりつながっていない夫でしたが、そのことを救いに導いてくださった牧師さんに聞いてみたところ「森さん、5年後に牧師になっているんじゃないの?」と言われました。とてもびっくりしましたが、神さまの言葉として信仰をもって受け取りました。

献身へ

それからしばらくして、教会でアメリカにチームが出ることになり、私は次男を連れてチームに参加することにしました。3週間ほどのチームでしたが、チャーチオンザウェイ教会での祈り込みや、カンファランスでの交わりの時などがあり、ドクター・ユウという方との食事会もありました。
その時にドクター・ユウから「あなたのご主人は何をしているのですか?」と聞かれました。実際の目で見たら信仰もしっかりしてないし、教会にも遅れて来るし、と思いましたが、「今はサラリーマンですが、将来は牧師になります」と言いました。後で、これは神さまに語らされた信仰の告白だなーと思いました。
しかし、同じころ日本でも、神さまが主人に直接聖書のマタイの福音書16章18節「ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません」のみ言葉が与えられました。
それから主人は、牧師になる召しをいただき、神さまに従うようになりました。そこから主人と私の信仰が逆転しました。
その次の年から地方でも神学校が始まり、夫婦で学ぶようになりました。神さまに仕えるのに、子どもがいるからとか、妊娠しているからとか、仕事があるからと、理由にならないと思い、とれる授業はすべてとって学びました。
日曜日から土曜日まで毎日、朝の早天祈祷から帰って朝食と弁当を作って、子どもと主人を送り出し、午前中から神学校や祈祷会などに行ってから、仕事に行き、夕方1回家にもどって夕ごはんをお弁当箱につめて、夜、子どもたちを連れて神学校に行くという毎日でした。よく友人に「家に電話しても絶対いない」と有名になるほどでした。
そうこうして月日はたち、あの預言のことばが語られて5年目に主人は牧師となり、私たち夫婦は佐世保教会へと遣わされました。

聞き従いの恵み
佐世保から三重へ

佐世保教会に遣わされて、色々な祝福と訓練がありました。子どもも4人与えられ、5人目がお腹の中にいて、あと少しで臨月に入るころの事でした。4月初め、三重教会の牧師として移動が語られました。
私としては佐世保で5人目の赤ちゃんを産むつもりでしたし、急に移動と言われても……と思いましたが、祈り、神さまに聞くと「行きなさい」と言われるのです。すぐに産婦人科の先生に相談したところ、「予定日はゴールデンウィーク頃だし、行くんだったら明日にでもすぐに行きなさい」と言われました。
荷物も他の子どもたちも後から来ることにして、私と4番目の子だけ先に三重に行くことにしました。その時、「奥さんだけでは心配だから森さんもついて行ってください」と主人の分の電車代を九州の長老が献金してくださいました。
佐世保を出て、福岡から新幹線に乗り換え、山口、広島とトンネルを通るたびにお腹が張ってきて、陣痛が来始めました。岡山、神戸とガマンしていましたが、とうとうガマン出来ず、名古屋まで行けず、新大阪で下りてしまいました。それから救急車に乗って陣痛をガマンして何軒もの病院を断わられ、大阪の平野にある病院で出産しました。
次の日、窓の外から聞きなれない関西弁が聞こえて、なんで神さまにすぐ従ったのに、私はこんな知らない土地でひとりで出産して寝ているのだろうと思ったら涙が止まりませんでした。
1日中泣いて目が腫れあがり、やっとそれから神さまに祈り、みことばを開きました。
ヨハネの福音書14章1節~3節「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。……わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです」と語られ、すごく慰められました。それから神さまは、こんな私にもみわざを現されると思いました。
次の日、2人部屋でしたが、新しい人が出産のため入院して来られました。その部屋は長細い部屋で、頭と頭をつきあわすようなベッドでしたが、その中で、神さまのことを伝え、私が退院する時、信仰告白をして救われました。その方は、クリスチャンの学校に行っていたのですが、神さまのことはよく知らなかったらしく、私が、神さまに従ったときに、この方と出会わせくださり、救いへと導かれたと思いました。
それから三重では約1年2カ月の間に70人以上の方々が救われ、多くの祝福を現してくださいました。もし、あの時、すぐに私が従わなかったら、これらの救いや、もしかしたら、夫の召しまでも奪っていたかもしれません。

180度変わった主人

私たちが牧師になると言って神学校に行って学んでいる時、私の両親と主人の両親は団結して「子どもたちもまだ小さいのに、何をうわついた事を考えているんだ。もっと地に足をつけて考えろ!」とものすごく迫害されましたし、私の母は「森くんは、何でも熱しやすく、冷めやすいので、すぐにやめてしまう」と断言していました。もちろん、今までの主人を見ているので当然そう思えたのでしょう。
救われた当時、主人が熱中していたのが、パチンコ・マージャン・ゴルフでした。相当の浪費家でした。我が家の家計も火の車でした。幸い、私の実家が食堂を経営していたので食べるのには困りませんでしたが、その主人を見て、いきなり牧師になるとか言い出したので無理もないかもしれませんが。
両親の反対を押し切り、神学校の学びを続け、信仰の歩みを続けました。その中で、主人が変わって行く姿を見て、両親たちは、このキリスト教には何かがあると思い、自分も祝福を受けたいと思うようになりました。
そして、7年前、私の母が主人を通して救われました。主人の父も約3年前に救われました。あれほど牧師になることを反対し、迫害していた両親たちが、今では、息子が牧師をしていることを、とてもうれしく思っており、自慢のようです。
180度、主人の性格と生活を変えてくださった神さまに心から感謝します。

(月刊「雲の間にある虹」2009年9月号(発行:雲の間にある虹出版)より転載)


家族を一つにしたキリストの愛

親子関係でお悩みの方

妻の父を引き取ってから四年半の介護の経験を通して
神様から受けた恵みや学びをお分かちしたいと思います。

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聖書のみことばを通して神様の解放のみわざ

いじめでお悩みの方

私には3歳違いの姉がいます。姉と私とは、性格も性質も対象的で全く違います。 姉は、幼い頃から自立心旺盛で、一人で何でもする子。女の子なのに、ガキ大将と言われるくらいやんちゃでした。

私は家にいるのが好きで、外に出ても心細くて、姉を追いかけ、姉は私が邪魔で逃げる、私は泣くという感じでした。自分と性格の違う私を姉は嫌っていました。

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絶望からの大逆転~嘆きと悲しみを感謝と喜びに変えて

離婚でお悩みの方

1995年に三沢基地のアフリカ系アメリカ人の兵隊と結婚をしました。当時の私は、クリスチャンになって間もないころで、牧師からノンクリスチャンである夫との結婚について、「つり合わないくびきを負っちゃいけない」と反対されましたが、反対を押し切って結婚をしました。しかし、牧師が話していた通り、結婚は最初からうまく行きませんでした。

そんな結婚生活でしたが、ある時、一筋の希望の光が与えられました。私が妊娠していることが分かったのです。このお腹の子が、私たち夫婦の関係を修復するきっかけになるのでは、と期待しました。ところが、妊娠中の夫の行動に不審な点が多く見られ、妊娠7カ月の時に、夫の女性関係が明らかとなったのです。日本と違い、米軍では姦淫罪など適用されますし、また自分のキャリアにも傷が付くと恐れた夫は、すぐに離婚するよう迫ってきました。さらに、夫は日本の法律も調べていて、アメリカと違って、日本では慰謝料などを支払わなくても、給料を差し押さえられたりしないことを知っていて、「お金は一切払わない」と言ってきました。

今なら、弁護士を立てていろいろ手続きを取れることを知っていますが、当時は、日本に住んでいて、アメリカ人相手に何をどうするのかも分からず、泣き寝入りせざるを得ない状況でした。妊娠7カ月で夫に捨てられ、お金ももらえず、1人で出産しなければなりませんでした。
無事出産を迎え、女の子が与えられました。そして実家に1カ月ほど滞在していましたが、夜になると、自分の置かれた状況に涙しない日はありませんでした。ふすまの向こうには両親が寝ていましたので、心配をかけられないと思い、口にタオルを当てたり、布団で顔を覆ったりして泣きました。

産休も終わり、職場に復帰し、しばらくして、主の十字架クリスチャンセンターの弘前教会の牧師と知り合いになりました。そして、「神様はすべてのことを働かせて益としてくださる」ということと、「すべてのことについて感謝する」ということを教えていただきました。そして、教えていただいた通りに、私の人生に起きたさまざまな状況の1つ1つを感謝することを始めてみました。

「夫に愛されなかったことを感謝します」「妊娠7カ月で夫に捨てられたことを感謝します」「シングルマザーで、ハーフの娘を育てなければならないことを感謝します」と。すると、傷ついてガチガチに固くなっていた心に、解放が与えられていくのが分かりました。痛み苦しみから、みるみる心が解放されていったのです。

6年後、離婚した夫が亡くなりました。残された娘に遺族年金などさまざまなお金が来ること分かりました。それとともに、神様からデンバーに遣わされ、デンバー教会の牧師になることが決まりました。このデンバーは、離婚した夫の出身地です。離婚した当時1円もくれなかった夫のおかげで、経済的な祝福が与えられ、私を捨てた夫の出身地で教会の働きをすることになるなど、悪い事柄が次々と逆転して祝福へと変りました。

再婚のことが神様から示されましたので、具体的に「こんな人を与えてください」と私の希望を1つ1つ神様に祈っていました。アフリカ系アメリカ人の夫で失敗していますから、ひたすら「日本人の夫を与えてください」と祈っていました。しかし、神様の導きは私たちの思い願いをはるかに超えておられます。神様によって導かれた再婚相手は、まさかのアフリカ系アメリカ人でした。再婚した夫は、私と娘をダイヤモンドのように大切にしてくれています。本当に神様からの祝福だと、神様に感謝しております。


悲しみを喜びに 真実の愛との出会いが、人を赦し愛する力に

夫婦関係にお悩みの方

それは、1975年のことでした。私はひどく落ち込み落胆していました。みなさんのなかには、こんなに有名な宇宙飛行士と結婚して、二人の子どもに恵ま れ、なぜ落ち込み落胆しなくてはいけないのかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、その当時私は本当に不幸せな思いをしており、自殺するこ とさえ考えていました。その理由というのは私が思い描いていた夢がかなえられなかったからです。

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突然のリストラにも、すべてを益に変えてくださった神様。

仕事がないことでお悩みの方

ハレルヤ!! 感謝します!! 主人は、5年前に車の整備工場で働き始め、約3年半そこで働きましたが、都合で辞めることになりました。でも、その約1カ月後に、感謝なことに期間従業員としての新しい職場が与えられました。

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【映像】 希望の光

夫婦関係にお悩みの方

私の妻は、精神分裂病で長い間、病院に入院していました。そして、私も薬物依存症でやはり病院に入院していました。

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二人の間に越せない大きな川が…夫婦の間に架かった祝福の虹

夫婦関係にお悩みの方

私の実家は印刷会社で、父は格別躾に厳しく、食事といえば五分で食卓についていないと許されない、つまり余り自由のない生活でした。母の実家の長男が戦死 し、あとが絶えるというので、父のたっての頼みで、高卒後すぐ理容学校へと行くことになりました。その学校で一番反抗的な生徒が夫、次が私と、このような 出逢いから始まりました。

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主人の入院、不安と恐れのなかで「私に生きる力をください。」

夫婦関係にお悩みの方

立ち止まった私の前に非情にもギギッと音をきしませながら閉鎖病棟のドアが閉められた。向こう側に消えて行った主人をもう、二度と取り戻すことが出来ない のではないかという不安と恐れが一気に込み上げてきて立ち尽くしていました。主人の職場の上司の方々に「さあ、奥さん帰りましょう!」と促されてその場を 去りました。

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本当の人生の始まり

自殺を考えている方

十数年前のこと、私は人生最大の苦しみを経験しました。それは、人を愛することのできなかった私の心に、愛する気持ちを目覚めさせてくれた人との別れでした。 それまでの私は誰からも愛されていると感じたことはありませんでした。 その当時、教会へは行っていましたが、礼拝だけで、人と交わることもなく、あとから思えば、神に愛されていること、ゆるされていることが、実感できていなかったと思います。

彼も私もまだ精神的に幼く、相手を思いやることができない部分もあり、私はいろんなことが切なく、ある時、つい「別れようか」と言ってしまったのです。彼は何も言わず、それっきりになりました。その直後から、苦しみで心がいっぱいになりました。彼を失った悲しみと後悔、自分ではどうすることもできない、どうしていいのかわからないという思い、でも、一方では、これは、神の御心、付き合っていたことが御心ではなかったのだから、自分の蒔いた種、この苦しみは刈り取りなのだと考える思いもありました。一人暮らしの私は、ただ、部屋でジーとしているだけでした。

何も手につかず、テレビもうるさく感じて見ることができず、何かで紛らすこともできませんでした。 時間がとても長く感じられました。その長い長い時間を、なかなか進まない時計を見ながら過ごすことしかできませんでした。何日か経って、気分を変えようという気持ちになり、外に出て見ました。でも、見えるものは、ベールで覆われたよう。

現実感がなく、私は、本当に生きているのか、宙に浮いているかのような感覚でした。時間の経過とともに、跳ね返そうという気力が出てきました。職場に復帰し、一見人には元気そうに映っていたかも知れません。

今までは、自分から人に話かけることはほとんどしなかった私ですが、一人でいられないという気持ちから、人に話かけるようになり、人の優しさに慰められていました。でも、それだけでは満たされませんでした。家に帰っても一人でいられず、悪い友達を作り遊ぶようになりました。ただ遊ぶだけの友達、今の気持ちを話さなくていい遊び仲間が欲しかったのです。

しばらくの間は楽しんでいました。でも、自分のしたくないことをしていることに疲れてしまい、精神力もなくなっていき、働くこともできなくなってしまいました。働けなくなったら、生活していけないのです。死ぬしかない。死のうと決めました。でも、死のうとしましたが死ねませんでした。私は、決して神を忘れてはいませんでした。

ふと、鏡を覗いた時、「わたしのもとに来よ」というかすかな神の語りかけを感じました。涙が流れました。 しかし、その声を振り切って、私はもうまともに生きていけない。いいかげんに生きていくことならできると、以前の遊びに戻ったのです。 やけになって、とことん遊びました。そして、心身共に疲れ果て、ボロボロになりました。そして、心の中で強く思いました。

もう、こんな虚しい人生は嫌だと。意味のある生き方をしたいと。神に心が向いていました。一冊の本を手に取り、ページをめくっていると、目に留まった言葉がありました。「神はあなたを愛しておられる」。力が与えられた感じがしました。また、主は聖書のみことばを思い出させて下さいました。

だから、わたしは「この女の多くの罪は赦されている」と言います。それは彼女がよけい愛したからです。しかし少ししか赦されない者は、少ししか愛しません。 ルカの福音書7章47節

弱い私を受け止め、いつも見守っていて下さる神の深い愛に気づくことができました。人を愛せるように変えて下さり、さらに神を愛せるようにして下さったことを心から感謝しています。ハレルヤ!

函館教会 斎藤輝き