The Light of Eternal Agape 東京アンテオケ教会

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神様のことばの真実

親子関係でお悩みの方

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私は、22歳の時に結婚しました。私が嫁いだ所は大規模な農家で、一年の半分以上はハウスで西瓜を作り、あとは野菜を作っていました。そして嫁ぎ先のご両親と同居でした。

神様を知らなかった苦しい時

私は、22歳の時に結婚しました。私が嫁いだ所は大規模な農家で、一年の半分以上はハウスで西瓜を作り、あとは野菜を作っていました。そして嫁ぎ先のご両親と同居でした。

三人の子供たちも与えられました。そして三人の子供たちが保育園に行くまでは、私が見ていました。保育園に行くようになって、祖父が送り迎えをして下さったので、私は農業をするようになりました。ところが、子供たちのと交わりが少なくなり、主人との会話も少なくなってしまいました。子供の頃から、心の中が孤独で寂しかった私は、結婚したら孤独から解放されると思っていました。

でも最悪な状態でした。私と主人はだんだん心が離れていきました。その中で主人に愛されたいと思って、一生懸命に仕事をしてがんばりました。でも、心は離れていき、私は心も体もボロボロになり、自律神経失調症になってしまいました。

なにもできなくなり、布団の中で横になるようになりました。その時私は、生きて働かれる神様を知りませんでしたが、「神様、助けて下さい」と叫んでいました。

病院に通うようになり、病気になって何カ月かたった時、実家に帰りました。帰ってからも布団の中で2年半ぐらい横になっていました。病院の先生は、「治らない」と言われました。

その頃離婚し、私は家庭もまた子供たちとも離れるようになり、心も体もボロボロになり、すべてのものを失ってしまいました。

教会に導かれる

私は布団の中で、孤独で寂しくて涙を流す毎日が続きました。そのような時、私の兄夫妻がクリスチャンだったので、教会に連れて行ってくれました。

教会に行くようになり、「イエス様が私の罪の身代わりとなって十字架の上で死なれ、三日目によみがえられて、今も生きておられること。

神様は、病気をいやしてくださる」ということを聞き、私はイエス様の十字架を信じ救われました。イエス様の十字架の愛を受け、涙が出て止まりませんでした。今まで自分のことばっかり考えて、愛されたいと思うばかりで、主人の気持をわかってあげようと思っていなかったこと、憎んでいたことに気付かされ、神様に悔い改めました。そして、今までのことをすべて感謝するようになりました。

洗礼を受ける

教会に行き始め、何年かして、礼拝に出ている時、洗礼を受けたいという気持が与えられ、礼拝がすんだ後に洗礼を受けました。

洗礼式の時、神様は私に預言の言葉を与えて下さいました。(預言は必ず吟味することが必要です)

「あなたの悲しみは、喜びに変わります。」「この言葉はあなたを生涯支え、生涯導き、艱難や苦難の中にあっても支え、あなたは人々に祝福を流す喜びの人となり、わたしの祝福を人々に流す管となる」と神様は、言葉を与えて下さいました。今私は、この言葉の成就を見続けています。孤独と寂しさを感じていた私に、神様は目には見えませんが、いつもともにいて、神様の愛で満たして下さり、自律神経失調症という病気を完全に治して下さり、悲しみを喜びに変えて下さっています。

神様に献身する

神様は、私に、献身したいという思いを与えて下さいました。献身し神学校に入ったのが、病気になって実家に帰り、7年後でした。その時、私は一人でアパートに住み、自立できるのか心配だったので、神様にお祈りしました。祈った時に、神様がともにおられる平安が与えられました。島原教会の神学生となり、それまでは病気で車の運転もできなくなっていましたが、車も与えられて、車の運転の奉仕も与えられるようになり、最初は恐れがありましたが、どんどん恐れから解放されていきました。

仕事もできるようになり、教会に連れて行ってくれた兄夫妻と一緒にイスラエルチームに参加することができ、イスラエルにも行くことができました。神学生の時、神様が「あなたは、また島原の地に帰って来ます。」と言葉を与えて下さいました。長崎教会でも神学校の学びをしたいという思いが与えられ、島原から長崎に移動しました。

神様に祈っていたことがありました。離婚した主人に一回会って謝りたいと願って、神様に祈り続けていました。すると主は、その祈りを聞いて下さり、島原から長崎に引っ越しをする直前に、神様が会わせて下さって、「ごめんなさい」と謝ることができました。

長崎教会では、子供たちの奉仕をしたいという思いが与えられていました。離婚したため、子供たちと離れ離れになりましたが、教会の中で子供たちの奉仕を通して、慰めを受け、励まされ、神様は私の心をいやし、解放し、流した涙の数より増して喜びに変えて下さいました。

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。(ローマ人への手紙8章28節)

息子と主人との再会

3人の子供たちとはずっと会っていませんでした。病気になって実家に帰っていた頃、子供たちに会いに行った時、仕事や病で子供たちと接することがとても少なくなっていたためか、子供たちは私に会いたがらなかったのです。以来、会いに行ってもまた拒まれてしまうのではと恐れがありました。

長崎にいた時に、私は用事で外に出て、用事が済んだので教会に帰ろうとして歩いていました。その時、次男とお店の前で出会ったのです。友達と一緒にいました。私は息子と小学生低学年の時に別れたので、もう一回顔を見ました。私は息子の名前を呼んでいました。どうしてそこにいたのか、後で聞いたのですが、

長崎の中学校に三年生になって行っていたことを聞きました。主人は病気になって、長崎の病院に入院していることを姉から聞きました。神様に病院に会いに行くのがいいのか祈りました。神様が行きなさいと導かれるので、行くことにしました。主人と再会することができ、離婚した後、神様がどんなに良くして下さったかを証しすることができました。

神様のことばの真実

2002年に長崎教会から島原教会の副牧師として神様が立てて下さいました。神学生の時、神様が「あなたはまた島原の地に帰って来ます」と言葉を与えて下さいましたが、その通りになりました。 2004年牧師として神様が立てて下さいました。私がクリスチャンになる前は、牧師になることなど、まったく私の計画の中にはありませんでした。

日々私は弱さの中で、神様により頼む毎日が続いています。いろんな方との出会いも与えられ、神様の福音を伝える機会も主が与えて下さっています。

家族に神様が良くして下さる

2006年12月の終わり頃、次男が私が前に働いていた職場に訪ねて来ました。そこの事務をしておられる方が、私の所に電話をかけて下さり、息子さんが訪ねて来ておられますと教えて下さいました。そこで、私が住んでいるアパートに来ることになり、息子に会うことになりました。会った時、別れて月日が経っていましたので、どのように話をしたらいいのか、わかりませんでした。 会いに来てくれたことがとても嬉しかったです。

一週間ぐらいして、実家にともに行く時も与えられました。時々、訪ねて来てくれるようになりました。イエス様の十字架のことも語ることができ、2007年2月に救われました。それからちょくちょく教会に来るようになりました。最初はどんな風に話をしたらいいのかわかりませんでしたが、少しずつ話ができるようになりました。 2007年7月に、三男も一緒に教会に来ました。その時、イエス様の十字架のことを語ることができ、救われました。

次男は、毎日来るようになり泊まるようになりました。その中で神様はどんどん息子の心の傷をいやして下さっています。礼拝にも出るようになり、礼拝の後に洗礼準備クラスをしておりますが、その時、洗礼を受けると2人の息子が言いましたので、K副牧師の助けを受けて、2008年1月洗礼式を行いました。2人の息子の洗礼式の時に、証しをしてもらいましたが、とても喜びで満たされて、イエス様を信じて良かったと言ってくれました。

今までのことが益に変わるとも証ししてくれました。 カリスマ聖会があった時に、三人で神様を賛美する時も与えられました。
長男は結婚しており、2人の子供がいますが、親子4人でアパートに訪ねて来てくれました。とても嬉しくて涙が出ました。その時、実家の母の所に一緒に行こうと言ってくれ、5人で行くことができました。まだ救われていませんが、神様の時に、救って下さることを信じています。

神様にとって不可能なことはない

神様は、私に「あなたの存在はあなたの家族の祝福となり、あなたの家族と親族の希望となる」と言葉を与えて下さり、家族の回復のことも語って下さっておられるので、楽しみにしています。

ある事を通して、家族が教会に来ました。私はその時、神様を賛美し、ほめたたえました。次男が、「お父さんと話をしている時に、お父さんが、お母さんのことを大事にしてあげろよと話していた」と言ってくれました。その言葉を聞いて、神様の真実に涙があふれました。

神様は、家族を回復へと一歩一歩導いて下さっています。
神にとって不可能なことは一つもありません。(ルカの福音書1章37節)

長崎県 岡田 久江

»月刊「雲の間にある虹」(発行:雲の間にある虹出版)2009年1月号より転載

God is Love.