その後何日かたってから、その方がやってきました、教会の集会に。その時、こないだの学生さんということで、その後どうなったかをききたくて、すぐ、お話を聞きましたら、

なんと、こないだの祈りが本当にきかれたということでした。

卒論のための、実験データをとっていくためのなんらかの機械が、こわれてしまった、というのです。私は、その機械がどんなものか、詳しくはしりませんでしたが、とにかくそのおかげで、教授が、「今までのデータだけでいいから、もうデータをとらずに、卒論をかいていい」ということになったそうです。「牧師さんのお祈り、ききめがありますね。」といわれました。もう、かわいいラットを実験で、ひどいめにあわせなくていい。彼女のこころも元気になっているようでした。

私の祈りにききめがあったのでなく、力ある全能の神が、私たちを憐れんで助けてくださったのです。

東北にいた頃の話ですが、学生の娘さんのところに訪問に行くときが与えられました。妻とふたりでいきまして、お祈りをして帰ることになりました。その時、話を聞いてみると、薬科大の学生さんだったのですが、困っているということでした。どうしてかというと、卒論のための実験があるが、それができないということでした。やさしい方でした。実験用のハツカネズミを自分で飼って、それから、薬がどのように効くか、実験データをだすらしいのです。ところが、飼っている内に、かわいがっていますから、そのように薬を投与して、実験すると、自分の心がやられてしまう、ということでした。

精神的にそれでまいっていたのです。もともと獣医になりたかった人だったので、動物に愛情を注ぐ、やさしいかただったのです。それでねずみがかわいそうで、これ以上は実験ができない、ということでした。「神様、どうぞ、これ以上実験をしなくてすむように、 〇〇さんを助けてください。実験をしなくても、卒論がかけるようにしてください。」そのように祈ってきたのです。すると奇跡が起きました。(つづく)

「天の父なる神様。ありがとうございます、天井裏のいやな臭いが、ただよっていることを、ありがとうございます。大家さんのおばさんが、ぶつぶつ言っている声も、掃除機の騒音もありがとうございます。うるさいと思いますが、でもあなたが、すべてのことを感謝しなさいといわれるので、これらのことを感謝します。ふさいだ気分も感謝します。ベニヤ板一枚の薄い壁で音がきこえてしまいますが、安い家賃ではいれるこのアパートの部屋を与えてくださってありがとうございます。」そのような、祈りをささげていったのです。

祈った後、すぐ何かが大きくかわるわけではありませんでした。しかし、確かになんとなく、ちょっと、心が少し晴れた気分がしました。

そのあと、台所は共同でつかうキッチンでしたので、そこでみずを飲むのに立ち上がって、部屋の戸をあけて、水をのんでいると、そこにちょうど、もう一つの部屋から人がでてきました。その方はC国からきている、方でしたが、今まで一度も話したことがない人でしたのに、その時、たまたま、会話することになりました。そして、会話がすすんで、いくと、その方がなんとB国系のC国人のかただということが、わかりました。わたしは、B国の友人を願っていたわけですが、もっとも近いところに、もともとB国人だった方が、いたことにきづいたのです。そして、ずっとそこに住んでいたにもかかわらず、その事実にきづかなかったのに、さっき感謝の祈りをした途端に、このことがわかったのです。わたしは、このアパートを感謝したら、このアパートの住人が、私の願っていた元B国人の方だとわかったのです。部屋に戻って、この事実に気づき、わたしは驚きつつ再び今度はもっと熱心に感謝を始めました。

一日、あるいは二日後、特に大家さんにいったわけではありませんでしたが、安アパートの良心的な大家さんは、天井裏をお掃除してくださり、いやな臭いもなくなったのです。やはり、その臭いもずっと1週間ぐらいつづいていたのに、感謝の祈りをしてから取り除かれていったということを私は強く感じました。その安いアパートだったからこそ、大家さんが良心的な方で、お掃除をしてくれましたし、お掃除の騒音を感謝したからこそ、その後に、天井がお掃除されたということを感じさせられました。このときから、わたしは、神に感謝するということはなんてすばらしいことだろうと、体験し始めたのです。

神学生のとき、わたしは、B国の友人がほしい、神様についてB国の人に伝えたいという思いがありました。しかし、日本にいてB国の人をみつけだしてイエスキリストを伝えるのは難しいかもという考えがありました。

ある日、アパートにいて、本をよんでいるときでした。アパートの天井から何日かまえから、いやな臭いがただよっていました。どうやら、天井裏に巣くっていたとりが、死んでしまったようなのです。わたしは、「どうにかならないものか、この臭い」と心がふさいでいました。

さらにその時、隣の部屋から掃除機の音がきこえていました。「うるさいなー、早くお掃除を終わりにしてほしいな」とわたしは考えていました。そして、大家さんのおばさんの声が聞こえていました。「なんてきたないんだろ、〇〇は。片付けないんだから・・・・」とおばさんの孫をなげき、つぶやく声でした。それを聞いている私は、「何ぶつぶつ言ってんの。全部聞こえてるよ。いやな気分が伝わるから、静かにしてよ」と思っていました。

私の心は、つぶやきでいっぱいだったのです。ところが、その時読んでいた本は、マーリンさんの感謝の祈りを勧める本だったのです。それで、わたしは、すべてのことを感謝することをはじめてみようと、決心したのです。(つづく)

Coprygiht (C) Prayer Requests –TLCCC Tokyo Antioch Church