義父の救いの証し | |
義父の救いの証しをします。 私は結婚して、12年になります。 その間、信仰のぶつかりも許されましたが、主に信頼し、家族の救いのため祈り続けてきました。 今年に入って、教会でも、人々の救いのため、神さまに、熱心な祈りが導かれています。 牧師から、「救いのため、5人以上の名前を書いてください。そして、毎日、その人達が救われるように祈って下さい。」と語られました。 しかし、不思議と毎日、毎日、名前を書くことが出来ませんでした。 神さまに、名前を書くことが出来るように、助けて下さいと祈りました。 すると、主が助けてくださり、名前を書くことが出来ました。 5月2日(金)の教会のデボーション箇所は、使徒の働き16章でした。その中で、3節の「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」のみことばが与えられました。 私は、その日、連休を利用して、実家のある熊本へ、入院しているおばを見舞いに行き、イエスさまを伝える予定でした。 ですから、このみことばは、おばに与えられた約束のことばだと思っていました。 その日の夕方、婦人祈祷会に出席して、その後、熊本に出発する予定にしていました。 この祈祷会の最後ごろ、牧師が出席され、家族の救いの祈りが導かれました。 私の家族の祈りに入ったとき、突然、携帯電話が鳴りました。 それは、義父からでした。「今近くまで来ているので、寄ってみようと思っている。」との事でした。 それを聞き、朝、神さまから与えられたことばは、義父の救いの事ではないか。と思わされました。 また、牧師が、神さまに示されて、祈りに入られた途端に電話が鳴ったので、神さまからの強いうながしを感じました。 しかし、私には、イエスさまを伝える力がありませんでした。 以前、義父は、私が、信仰をもっていることは、何も言われませんでしたが、子供たちに伝えるのは、止めて欲しいと何度も言われていました。 ですから、私と、義父との間には、信仰のぶつかりがありました。 家に帰って、義父との交わりが、全て御心となるように、祈りました。 「主よ。私に力を下さい。私は、何を伝え、何を話せばよいのでしょうか。」と、すると、一言、信仰の話しをすることが出来ました。それから、次から次へと、証しが導かれました。 何と、牧師宅に行く事まで、進めていました。 牧師に電話すると、食事のため外出中でした。 食事のオーダーをキャンセルして、すぐに帰ってくださいました。 そして、牧師夫妻と義父との交わりの時が持たれました。 その間、私は、自宅でデボーションの聖書箇所の使徒の働き16章25節にあるように、祈りつつ賛美をしていました。 すると、義父が帰って、牧師に電話しました。すると、「お父さんは、救われました。」と言われました。 主は、デボーションで語って下さったみことばの通りに、救いの御わざなして下さいました。そして、義父は、5月13日(火)の「北九州カリスマ聖会」に、出席しました。 以前、預言で語られていた事がありました。それは、「私は、あなたをエステルのように用いる。あなたの主人の父を救う。そして、逆転し、あなたによって、神の祝福が来たと言わせる。」ということばでした。 神さまは、預言で語ってくださったとおりに、義父を救ってくださいました。 私は、本当に、弱いものでしたが、教会に留まり続けることにより、このような、義父の永遠の命の祝福に、ともに預かることが出来たことを、本当に感謝します。 ハレルヤ!主に、感謝します。 「真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、
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